2013年1月14日月曜日

指揮者。

今、仕事から帰って来て、夜更けにNHKを付けてボンヤリ観ていたら、『理想のリーダー像』というのがやっていました。

そこでは、リーダーをオーケストラの指揮者に例えていて。

威圧的な指揮者や、楽しそうに演奏に聴き惚れてメロディーに乗っている指揮者。
色んな指揮者が映し出されていました。

雑多なカオスから、ひとつの指揮で秩序を生み出し、ひとつひとつの音が旋律になっていく様。
それは、オーケストラだけではなくてあらゆる仕事が紡がれていくことと同じことなのではないでしょうか。
みたいな。笑

指揮者が威圧的だと、奏者はプレッシャーや自己の成長、色んなことに制限が掛かっているような感じがして、チームとしては結果、『進化』には繋がらない。
つまり、『進化』したいと皆が願えて、それが結果チームとして良い結果を生み出せるパワーに変わっていけることが、理想なのではないか。
そんな風には言ってなかったけれど、『楽しさ』こそが全ての人の進歩の根源で、好きこそものの上手なれ、じゃないけれど、【指揮者が楽しむこと】が奏者の喜びであり成長である。
チームとしての『進化』は、それぞれの進歩で成り立つ。

それを促すのが指揮者でありリーダーの職責なのかなぁって、ちょっと思いました。

理想とするビジョンが指揮者にあったとして(つーか無いと問題なんだけどw)、ただ楽譜に沿って自己主張を消せっていうメッセージばかりを送ったのではそれは奏者も、指揮者も、それを聴く観客でさえも、【誰でも同じ、誰でも良い】のと同じこと。
理想があるけれど、各々それぞれが独自の解釈で取り組んでみて、語弊はあるけれどもある程度の振り幅でもって指揮者が楽しむ。
問題があったら、その楽しむ範囲で進歩のある修正の仕方をしていく。
ジョークを交えたかのようでいて、指摘するべきところをしっかりと突いていく。

現実問題、難しいなーっても思うけど。
結局、リーダーとして、指揮者としての役割は、『楽しんでいることを奏者に伝える』これが凄く大事なんではないかなぁって思いました。

最近ではよく、リアルな私生活でも自分の上司が「お前だから俺は好き勝手やれる」と言ってくれるようにもなっています。
それはとても、嬉しい褒め言葉であって、ストレスや不満も多大にあるけれど(笑)、もっと頑張るかー!って気にさせてくれます。

譜面があれば演奏出来る、てのはその道のプロであれば誰でも出来ること。
より良いものや良い結果を生み出すには、それだけでは駄目なのだと思います。
自分で考えて「より良い結果」を生み出そうとしたり自分の成長に前向きに取り組んでいける空気を作り出すことが理想、だというのであれば、やはり指揮者やリーダーのやるべきことは、奏者の演奏を『楽しむ』こと、なのだと思います。

それって、他人の笑顔に貢献することが、結果として自分の「救い」になることに似てるかもなっても思います。

誰のために仕事しているのか、なんの為に取り組んでいるのか。

はっきり言って、自分の仕事があたかも「当然!」みたいな踏ん反り返った表情で受け取るクソ上司より、仕上がった仕事を興奮したり笑顔で受け取ってくれる上司の元で仕事した方が、誰だって嬉しいし楽しいに決まっています。
つまり、自分のしたことが喜ばれれば、結果として自分の救いになる。
そういうことかなって思います。


それは、仕事だけじゃなくて私生活でも、一緒だよね。

より良い未来に向かったり、より良い結果を生み出すためには、指揮者と奏者という関係でなくても、「楽しむ」ということと同じ延線上にある「感謝」という気持ちにこそそのパワーが秘められていると思います。

だから、具体的に感情を表現したり、照れることなく言葉を紡いだり、いわゆる人間力がとても重要なんだと思います。

日々に疲れてちゃ上手く出来なくなりがちなんだけど。


ただ、あなたに俺は満足してるよと、ただそれを伝えるだけで良いのかもしれませんね。


奏者が楽しめるオーケストラを、周りに築ける人間で(時には指揮者)であれる様、ほんのちょっとでも心に刻める余裕と心を持てれば良いと思います。
結果、良い方向に運べることが出来ればベストなのだから。ちょっとの不満には目を瞑るのも仕事だよね。苦笑
それを悟らせず、築いたら掌で遊ばされていた、なんてことも多々あるんだけどw
そんな風に憎めない寛大さや、してやれれたーw、みたいな興奮を生み出させる上司や人間に出会っていたであろう今までに、気付けた今に、感謝、、でしょうね。笑

勿論それは、利己的なものではなくて、根源に共有出来るものとしてのモラルがあること前提なんだけれど。


ちょっとNHKのその番組が予想以上に面白かったのでUPしましたw


では、おやすみなさい。

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