2013年4月25日木曜日

物。

いわゆる自分史の中で、「お気に入り」と呼べる品物って、果たして何個くらいあるのが一般的だろうか。

自分のライフスタイルや、用途、見た目とか面白み。

それら全てが使う人の個性やタイミング、ニーズにうまく合致した時、その品物はその人の人生の中で忘れられることの無い「お気に入り」へと変貌を遂げるじゃないかって、思うんです。


自分は、これまでに「お気に入り」と呼べる品物がひとつだけありました。
それは、小学校5年の頃に父親から贈られた、Panasonic製のCDコンポ♪
これは、自分の音楽人生の幕開けの役割を担っていたり、色んな数々の思い出をこのコンポと過ごしてきたので、ほんとに思い入れの深い一品となっています。
彼此13年くらい使ったのですが、流石に壊れてしまいまして、今では倉庫の中にひっそりとしているんですが。苦笑


所有して嬉しい物は、数多くありますが(愛車だったり)、「お気に入り」に変貌を遂げる物は、決して多くはありません。
他人からとってしてみると、非常にどうでも良い話かもしれません。

が、なぜ今回こんなことを書き出したかと言いますと、、
新しく、「お気に入り」の物が出来たからです。



それは何かと言いますと、、




MacBook Air 11インチ…

そう、1年弱使用してきたこのMacBook Air、、
こいつが、2013年現在の自分の「お気に入り」の一品に見事変貌を遂げました。笑
何を大袈裟に。。って思われるかもしれません。
でもこれは、凄く自分にとっては嬉しいこと。

薄さ、機能美、使い勝手、見た目、用途、パワー。
どれをとっても、これほど自分にとって最適な物はありません。
11インチで小さいのに、とてもパワーがあるPCってとこが最大の魅力。
そして美しい。。
この余分なものを全部削ぎ落としたかのようなシンプルさは、いつ観ても見とれてしまうくらい。

仕事用ではなくプライベートで使用するようになって、その素晴らしさが際立って参りました。笑


毎日使ってるFUELBANDとの連携や、Blogの投稿、ネットサーフィンやモバイル。
ビデオの編集、音楽再生や予定表の作成、リマインダー。
色んなことを、11インチというモバイルPCとして最小のサイズで、最軽量で、とても高いパフォーマンス能力を発揮するこのMacBook Air 11インチが、マジで無くてはならない一品に変貌を遂げました。半ば必然なのですけど。

バッテリーの持ちも良いしね。


(転載)

変わらずにメインPCはiMacですが、このAirはパフォーマンスという点でiMacよりも優れています。
なんせモバイルに最適!!

メインにMacBook Proを使用する人は大勢いると思いますが、MacBook Airの能力も引けを取らず。
Macデビューする人には是非MacBook Airを推薦したいくらいです。
13インチでも。

今年のWWDCで、ひょっとしたらRetinaのAirが出るかもしれませんね。
実機触って、もし重量がさほど変わらなければ、そして記憶容量がでかくなれば、もしかしたらそっちに乗り換えるかもしれませんが、今のとこ『MacBook Air 11インチ』というサイズ・重量・能力に勝るパソコンは自分の中ではあり得ません。


なんか、ずっと一緒にいたくていつでも触っていたい。
思考が捗って、そんでもって面白みがあってエキサイト。
とてもNiceな相棒でござんす。

11インチなのに!ってとこが本当cool!
つーか11インチってサイズが本当に自分の生活にピッタシ過ぎて悶えます。笑

と、いうわけで、新たな私の「お気に入り」を紹介するだけの記事でした。

2013年4月22日月曜日

Work out。

Jawbone社の「UP」がついに日本デビューを飾りましたね。


いわゆる活動量計。リストバンド型の。


個人的には、この分野は凄く興味深く関心があります。



でもこの「UP」って製品は、デザイン的になんとなく好みではない為、新らし物好きの自分にとっては珍しく購入を見送っています。


やっぱ活動量計といえば、FUELBANDでしょう!
 未だに日本には上陸してませんが、海外輸入版をちょいと高値で仕入れて使用しています。
 確かに、安定性はちょいと心配な製品ですが、日頃の活動量を測定するという機能以上に、デザインが気に入っているので、毎日手放したくないガジェットとなっております。


こういった、新しく生まれてくるイノベーティヴな製品を生活に導入することによって、少しずつ自分のライフスタイルも変化するようになってきました。


いわゆるWork out(ワークアウト)。
仕事以外での活動、フィットネスのことを指すそうです。

トレーニングとかだと、言葉を聞くだけでちょっと難儀な気持ちになってしまいがちですが、Work outは違います。
肉体をどうこうする様なものでなくて、あくまで体調の維持や身体能力の維持など、空きのある時間で身体を動かそうというコンセプトのものがWork outと言う様です。


最近、このWork outという言葉を意識するようになって、自分のライフスタイルにWork outを組み込んでいくことが、何気にちょっとした楽しみとなっております♪



会社帰りにジムに寄って軽く汗を流したり、休日に時間が空いたら部屋でストレッチや筋トレしたり。
休みに会社のジムに行ってサッパリしてから出掛ける、なんてこともするようになってきました。
Work outするようになってから、確かに体調が良い気がするんですよね、これがまた。

そんで、やっぱ程よい運動をしてるので、体系にも変化が。笑


筋トレもしてるので、スマートとまではいきませんが、肥満気味だった身体が、徐々に昔に戻ってきつつあります。
やっぱ、ダイエットっていう括りで動くと、怠惰な気持ちが出てきてしまいますが、Work outとして、食事制限などストレスになるようなことをせずに運動を楽しむスタンスでやると、凄く体脂肪の燃焼に効果的だと思います。


なにより、運動を楽しむ。遊ぶ。という意識が大切なのですね♪



そういった恩恵をもたらしてくれてるのが、
NIKEのFUELBANDであったり、AppleのiPhoneであったり、ランニングするためのアプリケーションであったりします。
モチベーションを高めてくれるものが、この現代には沢山あります。

自分の走った状況を友達と共有したりして、ゲーム感覚で運動を楽しめるなんて、ITガジェット好きっ子の自分としては、とても刺激的で面白いです。







ファッションも楽しめたり。
運動がなんか、クールでイカす!
みたいな位置に思えて、仕方なくなります。笑

自分のライフスタイルにWork outを組み込んでいく。

これが今の自分の流行であり、スタンスになりつつあります。


次世代FUELBANDの噂もちらほら。
日本で発売されんのかな♪


FUELBAND仲間が欲しいッス!

2013年4月20日土曜日

iMacメモリー増設。

最近、頻繁に動画編集をiMacで行っております。

で、気になってきたのが、編集する時のiMacの動作速度。

最初から搭載されているメモリーの容量は、2GBと2GBの合わせ技で4GB。
買った当初はこれで満足していましたが、段々と使うアプリや編集技も少しずつ高度になっていき、4GBでは処理速度が遅いと感じるようになってきました。


そ・こ・で!

本日導入しましたこれ!

激安メモリー8GB!


これをですね、iMacへ増設してみました。


①iMacをシステム終了させ、ケーブル引っこ抜き、メモリー増設時に画面傷つけないように画面下にしてベッドに乗せます。

②購入した激安メモリーを段取り。



③iMacの下部メモリー設置箇所の蓋を外し、メモリー引っこ抜きようのテープを引き出す。


④最初っから空いてるスロットに、今回買ったメモリー2枚をブッ刺す!

以上で、合計8GBがメモリーへ追加となりました。


当初の4GBから比べると、3倍!



12GBのメモリーと相成りました♪

いやー、、処理速っ!笑



超快適でございます。


もう少し使ってみて、不満であれば16GBか32GBにしようかなと思います。
32GBは、動作保証してないけど、どうやら動く模様。


32GBってしかし、意味あんのかなw


MacBook Proのメモリもこの際、UPしようかな。
なんせ2GBだし。


ま、いずれ!

ランニングハイ。

仕事しててよく思うことがある。

『経験から生み出されるものは速さであり、得られるものは答えである』

なぁってこと。



取り組む前は途方もない程高い山に思えていたことも、じっくりゆっくり取り組んで行くことで少しずつ目標に前進していって、取り組む前には到底クリアなんて出来ないなんて思ってた場所に、いつの間にか到達出来ていた時とか、社会人になれば誰しもが経験することだと思います。

『少しずつ』ってとこがミソなんだけど、本当に「経験」ってのは力だと思います。
一度、難解な問題や課題を時間を掛けてクリアすると、次に取り組む時は驚く程簡単に、そんでスピーディーに目標到達してしまう。


冒頭に書いた、『経験から生まれるものは速さ』の所以であり、それってつまり『答え』を得たからこその所行だよなぁって、なんか当たり前のことだけど、経験することの価値や意味を、日々の仕事で感じています。





最近よく聴く曲に、ミスチルの【ランニングハイ】という曲が在ります。

「理論武装で攻め勝ったと思うな馬鹿たれ」
「もう疲れた誰か助けてよ…そんな合図出したって、誰も観てない、ましてタイムを告げる笛は鳴らねぇ」
「なら息絶えるまで駆けてみよう、恥を撒き散らして」

現実感あって感情移入しやすい曲調と、潔いくらいに今にも立ちはだかってきそうな歌詞が、昔から凄いシックリくる曲です。
ちょっとシビアなくらいが、自分の現実にピッタリ当て嵌まっていて、なんとなく前傾姿勢な気持ちになれる。
冒頭に書いたものと、このランニングハイな感じって、なんかほんと、自分の中のサラリーマンってイメージにピッタリです。

現実は辛いのよ、でもそれが故になんでもやれちゃうのよ

みたいな開き直りのノリで生きてます。笑



いい人でいることや
優しさと嫉妬の境目

信頼と隣り合わせだったりする裏切り(些事な内容は抜きにして)
裏切った自分をも正当化して綺麗事を並べたてる心の弱さ

ってな感じに、複雑に考えあぐねた結果、
「他人に媚びんのはやめよう」って悟ったり。笑

自分の本当の「信頼」の気持ちは、そう簡単に他人に明け渡せるものじゃなくなってくるけど、だからこそ価値のあるものだとそう思う。
故に、「裏切り」こそ最も愚かな行為であり、それに気付かず過ごすようなことが在れば、最も恥ずべき行為だと自分で自分の心に刻みたい。

でも媚びないけどね!


って、なんか極道みたいな話になってるけど。笑
一本芯の通った生き方をしたいッス。

2013年4月19日金曜日

タイ古式マッサージ。

タイ古式マッサージを受けてきた。

今住んでる場所からほんの5分程度のところに店があり、ひょんなことから行くことに。


入店して間もなく、いかにも「タイ」な中年女性が現れる。

「タイハハジメテデシカ?」

素晴らしくカタコトな日本語でおもてなしされ、言われるがままマッサージ着に着替える。


開始早々、頭の血管破れそうなくらいの強烈な指圧に、激痛で窒息しそうになる。。
も、我慢。
俺、マッサージで泣き言は言いたくない。

背中周りの古式マッサージが始まると共に、
「…あ、あがっ!」
と呻く。

「カタイカラネー」

…何が!!


どうやらカタコトの日本語から推察するに、筋肉が固いから痛いとのこと。
その後も、タイ語混ざりの日本語に応対しつつ、身体中の筋肉繊維を押しつぶされ、気持ちの良さからは程遠いマッサージの時間が流れる。
これ年寄りにやったら死ぬで。。と思う。

施術は通算90分コース。

あらゆる体勢を促され、痛みなど些事なこと、と言わんばかりの剛力指圧に、言葉にならない言葉を発し続ける。
「ナニカアッタライッテヨー」
とタイ語なのか日本語なのか分からない言語で接待され、マッサージを受けること60分。。



…あ、あれ?
力の強さ変わった?
と思うくらいマッサージがどんどん優しくなっていく。
「力弱めました?」
と聞くと、
「ヤラカクナッテキタカラネー」

どうやら力変わってないらしく、、
この辺りから、気持ちよさが現れ始める。


なんか、キャメルクラッチとか、いろいろとプロレス技みたいなのを掛けられながら、段々とタイ古式マッサージに慣れていき、最後のほうは「もっとやってー!」と言いたくなるくらいに気持ち良くなっていく。


終わってみて、痛みが残るかなーと思っていたら、身体の可動範囲が広がるようなスッキリ感に包まれる。


痛みを伴うくらいのマッサージが、次の日とかに疲れを持ち越さない身体になるとのことだが、、確かに、これは説得力あるかも。
明日がすごく楽しみだ。



値段も60分4000円と、手頃。
60分コース頼んだら、90分もやってくれた。
若い女性マッサージ師もいて、結構良い。

住んでるとこから凄く近いのも良い。


月に2回は行きたいかも。。



印象としては、身体が目覚めるようなマッサージってとこか。



月末にもっかい行ってみよう。


次は若い女性で頼んます。


以上。

2013年4月17日水曜日

死生観。

俳優の三國連太郎さんが亡くなられましたね。

「すーさん」の名で自分としても随分親しみある俳優さんでしたが、テレビという現実感に乏しい世界であっても、やはり生身の人間。
いつかは朽ちてしまうんですよね。

幼い頃、地元のちっちゃな映画館、『中劇』ってとこに釣りバカ日誌の最新作が発表される度にばあちゃんと一緒に観に行ってた記憶があります。
帰りはいつもホッコリした気持ちで手を繋いで歩いて家まで帰る。
釣りバカ日誌という映画には、幸せな思い出が沢山あります。


前にも書きましたが、いくら歳を食ったって、肉体は朽ちても精神や心はきっと朽ちていかないものだと思います。
きっと、今の自分と同じような心持ちのまま、歳を取って、気持ちは若いままだけど肉体がそれに着いていかない。
そんな感じで人生の終焉を迎える、そんな感じかなと漠然と思います。
もし、自分が今の若い状態で、明日『死』を迎えるとしたら、とてもまともじゃいられないと思う。

でも、どんなに言っても、『死』は絶対で、免れようのないもの。


やり残したことや、全力で生きてこなければ、きっとその時に大きな後悔や悔いがやってくるのかなと思う。
今、なんとなく生きてたり、全力で生きれないことを誰かのせいにしていたりしたら、きっと年老いて死ぬ時になってもそれって変わらないんだろうなと思う。

心は若いまま。

なら、全力で生きて、少しでも後悔のない人生にしていくことでしか、『死』を受け入れる術は身につけられないのかもしれないね。。
口じゃ簡単なんだけどさ。

余分なものをきっちり燃焼して。
衝動に向き合って。
行きたいとこに旅したり。


男に生まれた以上、自分の力で出来ることを増やせるだけ増やして。
速度は亀でも良くて、たくましくて大らかで、大きな空のように雄大に生きてくことが、男として生を受けた身としては特権と思って楽しんでいけば良いのかなって、思う。笑
そうしたら、きっと死ぬ時に大きな後悔なんてなく、いやー面白かった、なんて思いながら死ねるのかな。


つまり、燃焼しきって死を迎えるなら、それは良いことなんじゃないかなってこと。
死が怖いとか、ネガティブな捉え方になっちまうのは、やり残してることが多いからこそなのかなぁって、ね。

明日死ぬって決まったとしても、全力で燃焼しきって一日一日生きてたら、きっと良い人生になるのかも。

「ここにいるべきでない」って思う日が続くような生き方はしたくない。
職とか、現状とか、そんなものじゃなくて。
ただ、全力で打ち込めるものが、そこにあって、夢中になる準備がいつでも出来てる。
そんな風に毎日在りたい。

本当にそう願う。







衝動を失くさない、所詮カエルの子はカエルだから、てっぺんなんて多寡が知れてるけれど、
『笑って死ねるように、ただ必死ですよ。笑』
その言葉に尽きるような生き方したい。笑


…明日死んでも良いかい? ←自問

今は無理!

2013年4月16日火曜日

ソフトテニスのボールさながら。

そりゃあ人間ですから、自分の能力を遺憾なく発揮出来なくて、落ち込む時もある。
それすらも自覚出来なくて、脳みそが全く働かない時だってあります。
誰だって、頭の回転フルのままで毎日は過ごせないものだと思います。


皆、そのタイミングがバラバラだから、すれ違いとか摩擦を生みたくなくても生んでしまうもの。
自分は、なるべくならそのことに気をやって、出来るだけ人に優しさを以て生きてたいと、最近思うようになってきた。

一番良いのは、自分自身がコンスタントに頭の柔らかい、物腰柔和な精神状態でいれること。

外部からのストレスや、被害妄想、時には痛みを伴う人間関係にさえ、自分自身を見失わないで柔らかくいれれば、少なくとも自分の導きたい方向からは目を反らさないで暮らしてけると、ちょっと思う。


夜勤とか特に、ふとパソコン弄る手を休めて物思いに耽る時がある。笑
夜の効果なんだろうけど。
何かに圧迫されたような、精神状態。
ストレスを感じてるなって自覚する時、それってまるでソフトテニスボールに圧力を掛けた状態のような感じかなって妄想してみたり。


ストレスを掛けた状態だと、本来もっと柔らかくて、ふわふわした自分の自由な発想や行動が起こせなくなる。
ちょうど上の写真のような、ソフトテニスボールのように。
圧力を掛けると、ほかの柔らかい場所が形を歪に変えたり、固くしてしまう。

こんな時、元の球体に戻そうと思っても、そう簡単なことじゃない。

自由な心や、凝り固まってない気持ちのまま、颯爽としていられるのは、簡単なことじゃないけれど、今の自分の状況を、何かに置き換えることは簡単に出来ると思う。

素直にまん丸い球体の、柔らかいボールの様な心かどうか自分に問いかけて。

そうでないなら、「あ、今自分の頭の中は圧力掛かって歪な形になってるんだな」って思えれば、なんとなく元の球体の柔らかいボールをイメージする。

自分の状態を把握することは、とても大事なことだと思う。

歪だから今上手くいかないんだな、とか、偏見だとか素直に人を視ることが出来ない時。

そんな時、歪んで変形した自分のボールを、柔らかて球体な様子をイメージしてなるべく心をそれに近づければ、なんちゅーか、ちょっとはストレスから解放される様な気がする。


処世術とはちょっと違うんだけど。笑

要らない負荷から解放される術として、こうやってイメージを活用することは良いことなんでないかいって、思います。w


なるべくフラットに。
出来るだけコンスタントに。
自然体且つストイックに。


自分の心の中に追い風を感じれるくらいには走ってたい。




こないだの夜勤、夜更けにそんなことを思ってみた。笑